黒龍隊の挽歌 第三話

招かれた男



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 空港のエントランスに、無骨なバッグを引っ提げた軍服の青年が佇んでいた。彼の制服には准尉の階級章と機兵パイロットのワッペンがついているが、部隊章をつけるスペースが空白になっている。これから任地に向かうのだろう。彼は自分の持った航空券と電光掲示とを入念に見比べている。

 周りを行き交う人々は、彼に殊更(ことさら)の注意を払うでもなく通り過ぎる。軍服は彼だけではないし、そもそも主要な空港を軍人が使うことは亜連では日常茶飯事。むしろ、妙な因縁をつけられないように視線をそらして通り過ぎるくらいである。

 ここが中国で、彼が日本人であることも、さして特異なことではなかった。亜細亜連邦の黎明期、連邦内の地方政府や軍閥がこぞって他国に人材を送り込んだが、もう連邦の樹立から二十年。牽制や諜報ももはや、日常と化している。

 しかし、彼はそういった特殊任務のために母国を離れていたわけではない。単に四年前、任地として中国を希望しただけの話である。英語は上手くないが北京語はわりとできる彼にとって、中国は日本に次いで住みよい国とも言えた。

 その北京語の力を生かして、青年は自分の乗る便以外の遅れや注意書きなども確認した。バロッグの発生が便の遅れ具合から推測できることもままあるのだが、今日はあの異常現象のせいで待たされることはなさそうだった。青年は、荷物を確かめて歩き出した。

「藤居曹長」

 叫ぶでもなく、彼、藤居祐輝を呼び止める声があった。

 それまで仏頂面だった藤居は、ふりかえった先に知人を認めてぱっと顔を明るくした。

「茨木教官!」

 長身の軍人が笑顔で向かってきていた。藤居に対し軽く手を上げてみせるところなど、その挙措には軍服に似合わぬ高貴な雰囲気が漂う。見ようによっては滑稽ともいえる彼の存在は少々人目を引いていたが、年長の士官は意に介した様子がない。

「ここで会えるとはまったく奇遇もあったものだ」

 年長の士官、茨木は藤居に手を差し伸べる。

「本当に。――教官、今日はどうして?」

 固く握手を交わしながら、藤居はどうして目の前の男がここにいるのか尋ねた。実は、わりと最近に別れを惜しんだ相手であったのだ。

「二時間後の南京(ナンキン)行きに乗る予定でね」

「茨木教官が、南京に?」

戦略軍のお偉方に呼ばれた。何か言い含められたうえで、再び実戦送りだろうな」

「じゃあ怪我は完治されたんですね」

 喜んでいいのか悪いのか、藤居は表情に困ったが、前者を装うように努めてみた。

「前から治っていたようなものだ。あの軍医がいつまでたっても怪我人扱いしていただけさ。ま、それでお前とも会えたのだからいいとしよう。これから任地か、藤居? ――ん、准尉に昇進したのか」

「ええ、まあ。これから六時の厚木便で日本入りです」

「そうか。ではもう行かなければならないな。――せっかくの機兵部隊への選出というのに、配属先があそことなると、あまり祝う気にはなれない。残念だ」

 茨木は天井を仰ぎ、嘆くような仕草をする。初めて見る姿ではないが、普段の品のいい茨木とのギャップに、藤居は苦笑する。

「ですけど、教官……」

「待て、奴のフォローは聞きたくない。お前が優しいのはわかるが、あれは弁護に値する人間ではない」

 再び視線を合わせた茨木は、そう言って藤居の両肩に手を置く。

「肝に銘じておきますよ」

 藤居は再び苦笑して、ちらりと時計に目をやった。それを見逃すほど茨木は間が抜けていない。

「ん、いかん。もう行くんだ藤居。紳士は時間に正確でなくてはな」

「はい」

 茨木に背中を押され、藤居は足早にゲートに向かった。

 雪により厚木便が出発延期、とのメッセージが電光掲示に映し出されたのは、不幸にも彼がゲートをくぐった直後だった。



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 北嶋が夕食後に自室でデータベースを作っていると、ふらりと江藤が現れた。いつもは遅い時間にやって来るのだが、今宵(こよい)はまだ時計が進んでいない。

 例のごとく他愛もない会話をしながら、ベッドに腰を据える江藤。何か言い出したくてうずうずしている、と北嶋は悟ったが、向こうが雑談から離れないのでしばらく調子を合わせていた。しかしほんとうになかなか本題に触れないので、北嶋は自分から話を変えることにした。きっかけ作りに、インスタントのコーヒーを入れようと言って席を立つ。

「江藤、あの噂どう見ている?」

 コーヒーを準備した北嶋は、江藤に片方のカップを渡しながらそう尋ねた。

「あの噂? ああ、ダーダネルスという、あの作戦のことか?」

 安物でも最大限に匂いを楽しみながら、江藤は聞き返す。

「なんだ、名前まであったのか」

 意外な情報を得て、思わず北嶋は手にしていたカップを机に置いた。その様子に、江藤は自分の失態を知った。

「なぬ、知らなかったのか。じゃあ今のは忘れてくれ。機密だからな」

「おいおい、そんなことで連隊長が務まるのか」

「よせよ。俺は連隊長のハンコを持たされているだけだ。実権なんてない」

 コーヒーをすすりながら、肩をすくめる江藤。

「連隊施設の作戦室は勝手に使っているけれどな」

「あれは、俺ががんばって交渉したんだよ」

「どうだか。で、ダーダネルスとかいう作戦だが、ウチの隊は出るのか?」

「だから忘れろって、その名前は」

「じゃあ、噂の作戦でどうだ」

「うむ、いいだろう。俺も正式には聞いていないが、多分、前線に出ることはないだろう。わざわざ日本から部隊を輸送する手間がもったいないだけだ」

「だが、スタッフだけ運べば、機兵は向こうで準備できるだろう」

「だから多分としか言えんのだ。困ったもんだよ、まったく」

「そうか。――いつ頃なんだ?」

「知るか。おそらく、統監部の大ナメクジだって知りはすまい。明日かもしれんし、三ヵ月後かもしれん」

 江藤は窓の外に目をやった。室内の灯りに照らされて、外で雪が降っているのがわかる。

「これは、ますます積もるな」

 北嶋には、その声がやけに嬉しそうに聞こえた。

「何を企んでる、江藤」

 嫌な予感がして、北嶋は釘を刺した。

 すると、江藤はにんまりと笑みを浮かべて北嶋を見返す。

「それは明日のお楽しみ。俺はこれからちょっと基地を空けるから、そのあいだ隊を頼む。まあ、最悪でも連中のケンカぐらいしか起きないとは思うが」

 空になったカップを流しに置くと、江藤は部屋を出て行く。

「おい、どこに行くんだ!?」

 止めるのは無理とわかっていたが、北嶋はせめて行き先を聞き出そうと叫んだ。

「市民との交流だ」

 謎の一言を残し、江藤は去った。不信を更に募らせた北嶋は追いかけようとしたが、飲みかけのコーヒーを服にこぼしてしまい、追撃を諦めざるを得なかった。



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 明くる日、十二月十三日。それはある一部の者たちにとって重要な日となった。旧気象庁、現在の亜細亜連邦気象観測局第一管区総合気象台が、関東一帯の天気、気温を三日続けて的確に予報したのである。

 八月の悪夢以来の超異常気象に見舞われているなかで、亜連気象観測局の失墜し続けていた威信が回復に向かう最初のステップである、との評論は、亜連お抱えのテレビ放送で、著名だが小心の評論家が、周囲の視線の重圧に耐えきれず口にしたものである。

 そう、市民にとって亜連の気象観測局などはただの金食い虫にしか見えないのである。その予報の的中率の低さといえば、時として「あえてその逆を発表した方がまだまし」とまでいわれたほどであった。それが三日連続で正確に予報を行ったのだから、快挙といえば快挙ではある。だが、その恩恵にあずかった人間はほとんどいない。例えば、こんな例もある。


*   *   *   *   *


「畜生、今日は雪って予報じゃなかったか? なんで予報通りに積もっているんだ。二度あることは三度あるってことわざ、どうやら本当らしいな」

 民間車輌に多大な迷惑をかけながら、二車線道路を一台で占領して走る軍の大型トラックの運転席で、赤ら顔の青年がぼやいた。制服の胸のところには、藤居祐輝と名が刺繍されている。

 彼の運転するトラックの後ろにも二台の同型が続いている。その荷台はそろって迷彩シートをかけられており、中は判別できないが、かなり大きいもののようだ。

「最近また日本でもエデンが動いているって言うし、こんなもの運んでて狙われたりしないよな?」

 半分は独り言だったが、助手席で資料をチェックしていた開発部員は何か不平を言われたかと反応した。

「は? ――あ。ど、どうも済みません。准尉殿に運転をさせてしまって。恥ずかしながら自分はまだ車が運転できないので…… いやはや、このご時世ですからね。研究開発に携わる人間は免許など取らずそれに没頭しろって、上から……」

「いや、別にそんなことは言ってないんだが」

「あ、そうですか。では何か?」

 生まれつきの赤ら顔で、怒っていると思われたかな、と藤居は内心苦笑いしながら口を開いた。

「輸送計画が漏れてるってことは無いのかな? エデンに襲われでもしたら、このトラックじゃ牽制だってできないんだが」

 藤居としては少々言葉遣いに注意したつもりだったが、威張ることをしない人柄で無理に士官らしく振舞おうとするばかり語尾が不自然になっていた。これでは迷子の世話を焼く通りすがりのお兄さんである。

「それなら大丈夫でしょう。ここのところ極東や東部の輸送は情報の漏洩にかなり気を使ってますから。ちゃんとダミーまで流してるそうです。近く大きな作戦があって、それを気取られないためだって、うちの部ではそういう噂ですけど」

「大きい作戦ねぇ」

 じゅうぶん秘密が漏洩しているじゃないかと思いながら、藤居はふと、あることが気になりはじめた。

「天候不順で日本に入るのが遅れて、日程変更のついでに頼まれたこの輸送任務も、また雪のせいで大いに遅れてる。少佐に顔向けができないな、これは」

 その愚痴を聞いて、開発部員が目を輝かせた。

「准尉は江藤少佐をご存知なんですか?」

「まあね。君こそ、開発部の人間だろう? なんで少佐の名前に反応するんだ?」

「江藤少佐といえば、開発部じゃ有名な方です。試験装備品を実戦で使ってくれてデータ収集に役立つってね。SMITS(スミッツ)にせよフェイジアインダストリーズにせよ、完成したマニュアルの押し付けばっかりで、開発部との協力なんてこれっぽっちも考えている様子が無いんですよ。だから不明な点の追究や現地提案による追加装備のテストはうちがやらないと。――これは事実らしいんですがね、少佐は外廓聯ができる前の七月に、叛乱を起こした地方部隊を、やっと実戦装備にした参番機で出撃して武装解除させたそうです。それも八分三十二秒で」

「細かい数字はともかく、大した実績だな」

 よくしゃべるなと呟きかけた口が、とっさに思ったままの感想を述べた。単に感心したのではない。彼の聞き知る真実との違いにおかしくなったのだ。噂に尾ひれがつくとは本当だと、藤居は実感した。

「そのときの損傷がひどいもので。実戦用の改装を取りやめて、参番機は訓練用にまわされたそうです。ですから、体も度胸も実績も大きな方ですよ」

「ついでに器量も大きいとよかったんだが。そいつはちょっと望めないんだよな」

 藤居はタイヤのチェーンが雪に食い込む音を憂鬱に聞いていた。



- 4 -


「確かに、小さくないことは認めるぜ」

「だろ? きっとこの猿之門界隈で一番大きいに違いない」

「いいや、小さくはないが大きくもない」

「ええっ? 竜時、どんな目してるんだ?」

「どう見たって俺のヤツがでかいぞ」

「それは壱号。大きいのはこっちの弐号さ。どうだ、文句なしに大きいだろう。それに比べて竜時のは……」

「俺はでかくするつもりがなかっただけだ。しようと思えばその程度のもの……」

 昨日からの大雪で、地面を白く覆われた猿之門基地

 南田と峰國(フェングォ)は、機兵格納庫の裏でこんな調子の議論を続けていた。その傍らには、立派な雪達磨が佇立している。しかし、峰國の作ったそれの造詣はお世辞にも良いとは言えない。

「美しくないのも問題だ。不細工達磨め」

「ふん! ならいっそのこと巨大化させてやる」

「諦めろよ。巨大雪達磨なら、北嶋大尉たち整備班が総がかりで作ってるぜ。この格納庫の前だ。見てくるか? 絶望するぜ」

「何!?」

 雪に足をとられながら無様に駆けていく峰國の背中を見ながら南田は呟いた。

「軍隊だよな、ここ」


*   *   *   *   *


「オーライ、オーライ! よおし、止めろ!」

 機兵格納庫前では、巨大雪達磨の建造が行われていた。指揮をとっているのは北嶋である。

「うまくいっているようだな。完成して四メートルいけるか?」

 北嶋はそばにいた矢俣に問い掛けた。

「ちょっと無理かなぁ、あ、いや、いけますいけます。四メートルは絶対いく。俺が保証しますよ。これだけの大きさがあれば少佐も満足でしょう。どうします大尉、もう一個作りますか?」

「そうだな。こいつの仕上げと並行して、弐号の構造材集めを始めておけ」

「りょーかい。やはりこういう、物を作ったりいじったりすることの原点に近い部分を掘り返してみると、今やっている機兵の整備なども違った見え方がしてきますね」

「ふむ。しかし、君たちは多少騒ぎすぎの気があるぞ」

「これからはいろいろ大変になりますから、息抜きしたいんですよ。筑波に来られた敵が、ここに来られない道理はない。――まあ、そのために黒龍隊ができたんですから、本末転倒なこと言いましたね、俺」

 そこへ、峰國が走ってきた。それに気づいた北嶋は一瞬、保健所に連れていかれる犬でも見るような目つきで彼を見たが、すぐに普段通りの表情に戻って声をかけた。

「どうだい峰國くん、我が黒龍隊整備班の技術は」

 声をかけられた当人は一時キョロキョロしていたが、雪達磨弐号の資材を運んでいた富士本に助言を得てようやく北嶋の姿を発見し、駆け寄って来た。その後ろから歩いてくる南田は、見ればなにやら無気力のオーラを発散している。

「大尉、これ本当に大きいですね。一等は間違いなしですよ。ところで賞品はなんでしたっけ?」

 立ち止まって真剣に悩んでいる峰國に追いついた南田が、その後頭部を軽く拳で殴りつけたうえで、その言葉に突っ込みを入れた。

「少佐は『今は秘密だ』って言ってたろう?」

「いや、竜時くん少し違う。『後のお楽しみだ』と奴は言った」

 冷静に突っ込みの突っ込みを入れる北嶋。

「あ、どうもすいません。――ところで大尉は、少佐が何を考えて『巨大雪達磨を作るぞコンテスト』など開催したのか察しがついているのですか? 少佐でも、まさか遊びのためということは無いとは思うのですが」

「その可能性は否定できない。この雪では輸送部隊がかなり遅れてくるだろうから、その暇つぶしということも考えうるからな。しかし多分、奴は君たちパイロットの訓練をしているんだろう」

「これが訓練、ですか?」

 訳がわからないといった顔の南田と峰國。北嶋は再び先ほどの表情に戻りかけたので、南田に気取られるのも考慮し、「じゃあ」と軽く一声かけた後、雪達磨弐号の建造指揮を理由に速やかに離脱した。勿論(もちろん)、指揮をとらねばならないのは嘘ではなかったし、彼は他にも虚言を弄(ろう)してはいない。だが、彼はここにいることに耐えかねた。

「知らない方がいいことも、あるな」

 罪の意識からの圧迫をこらえながら、北嶋はそう独白した。



- 5 -


 格式や格調とは無縁の自室で、江藤はどっかりと革張りの椅子に腰を下ろしていた。“極秘”とわざとらしく判を押した書類と、ノートパソコンの画面とを交代チェックして、何かを思案していた。

 彼が左肘を預けている机には、ノートパソコンやら何やらがごちゃごちゃと置かれており、一番上の引き出しには専用の小型テレビまで隠されていたが、今はそれを楽しむつもりはないらしい。他の引き出しもここ数日ですっかり整理されて、一番下の段にはゴン太用の品々が入れられている。そのゴン太はといえば、江藤が思案を始める前に彼に与えておいた玩具に飽きて、棚の上に座って窓から外の風景を眺めていた。

「なあゴン太、四日後ってのは、いささか急な話だと思わんか?」

 江藤は書類から目を離さずにそう呟いた。ゴン太は耳だけ反応させたが、実質的には呼ばれていないと悟り、無視する。

防人の搬入と組み立てが今日中に終わるかも怪しいってのになあ、四日後かあ。しかも一機は未組み立てで運ばれてくるのに」

 頬を膨らませてみる江藤。が、卓上に置いていた鏡に映った自分の顔を見て、すぐに誓いを立てた。もう二度とすまいと。

 江藤は怪しげなスクリーンセーバーの作動していた自前のノートパソコンに向き直った。

「情報不足だな。戦略軍はさすがにガードが固い」

 真剣な顔で何やら打ち込み、厳重にロックをかけたうえダミーまでセッティングしてから電源を切ると、窓の外に目をやった。下では、巨大な雪達磨が既に幾つか完成して、一部の隊員たちは凸凹になった地形を利用して雪合戦まで始めている。

「そろそろ頃合か」

 無意識に「よいしょ」と口にしつつ腰を上げると、暇を持て余していたゴン太が棚から下りて走り寄ってくる。江藤を見上げたその双眸(そうぼう)に、「期待」の二文字がくっきりと浮かぶ。江藤はしゃがみ込んでゴン太の頬をくしゃくしゃにすると、その巨大な左腕にかかえて自室を後にした。

 廊下に出て歩きはじめると、ちょうど進行方向から通信兵とおぼしき若者が走ってきた。若者は敬礼の後、今しがた輸送隊から伝えられたという到着予定時刻を報告する。

 通信兵は彼の張り出した腹部と、昨日の騒ぎの元凶とをちらちらと見ていたが、江藤が「ウム」と了解の意を表すと、用は足りたとばかりに足早に去っていった。

「触らぬ神に祟りなし」

 そんな通信兵の呟きが耳に届いても、江藤は気に留めず、しばし視線を宙に漂わせていた。だが、ゴン太の漏らした鳴き声に促されるように再び歩みだし、数歩の後に口を開いた。

「ゴン太、余興を更におもしろくする方法を思いついたぞ」

 その口元は、不気味な笑みをたたえていた。


*   *   *   *   *


 北嶋が格納庫で大声を耳にし、途中だったの冷却系チェックを中断させられたのは、それから数分後のことであった。彼は仕方なく部下に続きを任せると、江藤の方へ足を向けた。まだ新兵たちが雪合戦に興じている声と、格納庫内の機械音に掻(か)き消されないように、北嶋は少し大きな声で言った。

「江藤、本当にやる気か?」

 江藤は歩みを止めて、抱えていたゴン太を放す。ゴン太が格納庫の外へ駆けていくのを見届けると、再び北嶋の方を向いて返事をする。

「勿論! 民間の方々にも早朝から手伝ってもらったのだ。ふだん閑古鳥が鳴いているようなこの町で、あれだけ集まってくれたのだから、実行せずしてどうする。準備も整っているようだし、そろそろ竜時たちを呼び出すか」

「それならもう何人か呼びにやった。もう来る頃だろう」

「お、手回しがいいな」

「茶番はさっさと終わらせたいんでね」

 北嶋は格納庫の入り口を見つつ、何度目かの溜め息をつく。と、ちょうど南田たちパイロットが服についた雪を払いつつ入ってきた。

「おお、雁首揃えて来たようだな」

「あれ、少佐!?」

 江藤に気づいた南田たちは、視線をあわせようとしない北嶋を見て、事態を察した。矢俣に「北嶋班長が呼んでるんで、集まってくれません?」と言われて来たのだが、二人がつるんで何事か画策しているのはもう明白である。全員が歩みを止めたい衝動に駆られたが、北嶋がいるから江藤にもブレーキがかかるだろうと、各々なんとか己を納得させる。

「おう、ここに並べや」

 江藤が有無を言わせぬ指示を出す。

こういうときは士官学校に行った者が前に並ぶべきだろうと、南田はいちはやく江藤の真ん前に立った。だが気づくと、自分の隣には峰國だけで、残り六人が後列というアンバランスな並びになっていた。同じ境遇のはずの坂元鷹山が後ろに逃げたのである。

 江藤の前でなければ舌打ちしているところだが、ここは抑えて、おとなしくリーダー役を引き受ける南田。

「少佐、命令どおり雪達磨を作っていたのですが、何か予定の変更でも?」

「そうだ。作るのはもういい」

「では、そろそろ輸送隊が着くのですか?」

「いや、残念ながらまだかかりそうだ。ここ三日の雪で、ここいらはずいぶんと雪が積もっているからな。全く雪というやつは輸送の大きな障害になる。しかし、我々は足場が悪いからと言って、緊急出動しないわけにはいかないのだ」

 いかにも楽しそうに抑揚をつけて江藤はしゃべる。

「緊急出動ですか!?」

 坂元が叫んだ。

「はやるな、今日はその訓練だ。雪上での龍の歩行訓練をやるぞ。雪で駆けつけられませんでした、なんてことは許されんからな」

「そうですか……」

「不服か、坂元」

「いえ」

「よし、早速始めるとするか。北嶋、何機使える?」

「三機。残りの一機ももう少しでチェックが終わる」

「さすがだな」

 江藤は満足げに頷くと、並んでいる南田たちの顔を順繰りに眺める。

「よし。竜時、坂元、朝井久留、が先に乗れ。後から残りの峰國、鷹山、群山洋伸(ヤンシェン)と交代だ。同室のもんの動きをよーくチェックしてやれ」

「隊長、質問です」

 鷹山が挙手して江藤の次の言葉を遮った。

「隊長は乗らないんですね?」

「そうだな、俺も久しぶりに実機に乗りたいところなんだが、今日は少々都合があってな、許せ」

 許す。八人が同時にそう思った。

「他に質問がないなら、具体的な説明に入るぞ。今日の訓練は、至って簡単。龍を操縦してこの第二大格納庫から出し、第一演習場の前まで移動させればよい。それから工兵隊の乗俑機と一緒に除雪作業をやって、搭乗からきっかり一時間後にここに戻って来い。そしたら後半の奴に交代だ」

 さも簡単というふうに江藤は言ったが、それは厄介なことだった。

「そ、外にはせっせと作った雪達磨がひしめいてますよ!?」

 峰國は格納庫の外をふりかえりながら悲憤の声を上げる。

 龍の自重は単純に足の接地面で支えられているのではない。近年実用化の始まったばかりの変則領域発生システムであるマスディフューザを使って、重力による負荷を足場周辺に分散させているのである。つまり、直接足が乗らなくても、足を置いた近くの雪達磨はぺしゃんこになってしまうのだ。

「ああ、無論、それを一個たりとも壊さずに移動させるのだぞ」

 用意していた追撃のジャブをかまして、江藤は下腹をぽんっと叩いた。一種の癖らしい。まだ三十四というのに、オヤジ臭いのもいいとこだと南田は思う。

「少佐、そのために雪達磨を作らせたのですか?」

 今度は南田が口を開いた。

「実を言うとそうだ。だが安心しろ、コンテストは嘘ではない。賞品も考えてある」

 妙に台詞(せりふ)に抑揚がついている。パイロット八名は嫌な予感を払拭(ふっしょく)できず複雑な顔になったが、彼らのそれは直感に過ぎない。一方で、北嶋は豊富な経験から罠の存在を悟っていたのだが、あえて口には出さなかった。ただ呆れたとばかりにその場を去ろうとする。

「おお、待て待て北嶋。言い忘れてたが、今回はおまえにもコイツらの評価をしてもらいたいのだ」

「飯食うから、また今度ね」

 てくてくと歩み去る背中が断った。

「頼む。――あの写真やるからさ。あのぐぐっと迫ってくるヤツ」

「何?」

 ぴたりと立ち止まってふりかえる北嶋。彼は必死にこらえようとしていたが、その口元は喜びで歪んでいた。彼にとって幸いなことに、パイロットたちにその顔は見えていなかったが、八人が江藤と北嶋の謎な意志疎通を読み取ろうとして苦労していたのには変わりなかった。

「ま、飯を食いながらでいいんなら、付き合ってやろうかな」

「そう来なくっちゃな。――よし、整備が終わり次第、前半の四人は乗り込み! 乗機はお前らで決めろ」

 言うが早いか、江藤は北嶋を連行して格納庫を出て行ってしまった。



- 6 -


 四半時が過ぎた。格納庫の外には四機の龍がその巨体を現しており、慎重な足どりで雪達磨をよけながら進んでいる。お世辞にも恰好のいい歩き方ではなかった。

 そこから百メートルほど離れたところに、巨大雪達磨の材料をとった後か、意図的に除雪したか、とにかく雪の取り払われた道があった。そこを低速走行しているジープには、黒龍隊の隊長と副隊長が乗り込んでいた。

「四日後に厚木で訓練? 突然な話だな」

 運転席の北嶋が、思わず鸚鵡(おうむ)になってしまった。

「何か裏があるのか?」

 続けて、北嶋は江藤に尋ねた。

「俺の情報網に引っかかる話は、今のところない。が、どうも胡散(うさん)臭い気はするな。バラバラ肢体で来る防人の調整、間に合いそうか?」

「日が傾く前に着いてくれれば、そうだな、明後日の夜には組めると思う」

「早いな。無理しなくても、もう一日あるぞ」

「厚木に行く前に一日は実機訓練をしておきたいだろう」

「そりゃ助かるがね。大丈夫なのか? マイナーチェンジとはいえ、新型だぞ」

「なんとかなるだろう。今、矢俣くんたちが防人のデータベースで熱心にお勉強中だしね」

「矢俣……。ああ、あのよく喋る奴か」

「お前の言う台詞じゃ……」

 北嶋の言葉は、遠くでおこったどよめきに遮られた。二人が目を向けると、龍の一機が右に大きくバランスを崩して、緊急姿勢制御のために小型ロケットを作動させたところだった。

「ヒヤヒヤするな」

 江藤が口笛を吹いた。

「自分でやらせておいて、他人事みたいに言うな」

 もしあのまま倒れていれば、その先にあった建物が無事だったとは思えない。北嶋は江藤を睨(にら)んだ。江藤はわざと目をそらす。北嶋は溜め息をついて言葉を続けた。

「実戦経験者はお前だけなんだからな。しっかり隊長としてまとめてくれないと困る。まったく、いざ戦闘に駆り出されるときが心配でならないよ。せめてひとりふたり、他に実戦経験者がいるといいんだが」

 深々と溜め息をつく。今度、軍医に言って胃薬をもらおうかと北嶋は考えはじめていた。

「それなら、統監部の出際に手を打って来た。そろそろ実る頃だな」

「何の話だ」

「それは後のお楽しみだ」

「そればっかりじゃないか」

「まあまあ、その話題はもういいから、奴等の操縦評価のほうを頼むぜ。特に、マニュアルコントロールでのバランスの取り方に注意してな」

 言いながら江藤の眺める先には、小さな雪達磨を踏み潰(つぶ)そうとして慌てる龍の姿。

「わかってるよ。それよりあの写真、本当にくれるんだな?」

 北嶋はジープを止めると、振り返って江藤に詰問する。

「なんだ心配してたのか。 ほら、やるよ」

 江藤はそう言って一枚の写真をポケットから取り出し、北嶋が反射的に差し出した手にそれを渡す。北嶋は眼鏡を外し、手渡された写真を凝視する。写真は、前方から走り来る列車をやや斜めから写したものだった。

「おお、ぐぐっと迫って来てるなぁ! なんか写真に少し傷が見えるが……、構図はしっかりしてるし、許容範囲か」

 自分を納得させるように呟く北嶋。江藤は保存状態にけちをつけられたのに気づいていないのか、ニヤニヤしたままである。しばし写真を見つめる北嶋をその顔で眺めていたが、そのしまりのない口元を動かし喋り出した。

「大事にしてくれよな、北嶋。警備の目をかいくぐってこの撮影ポジションを確保するのにだいぶ苦労したんだから」

「何を言うやら。お前が俺の自転車をその体重でパンクさせたから、俺が自分で撮りに行けなかったんだぞ。でなかったら、ブルーシティ線就役記念列車の撮影をお前に任せるわけがない。国内初の旅客リニアレールだぞ」

 そうだったか、と江藤は受け流し、話題を少しずらす。

「しかし北嶋、誰にもはばかることのない健全な趣味なんだから、隊の連中に隠すこともないんじゃないか? 悪くはないと思うがね、鉄道趣味も」

「プライバシーの問題だ」

「ま、別に俺は構わんが。――確かに渡したぞ、写真。俺はちょっと向こうに行くが、おまえは構わずに、必要に応じて移動しながらあいつらの評価をしといてくれ」

 説明しつつ、江藤はジープから降りた。助手席に積んでいたらしい装備品の類をその巨大な体躯(たいく)に纏(まと)い、それから何故かスコップを持って歩き出す。

「あ、とっくに察しをつけているとは思うが、アレを使うぞ」

 本人はかっこよく台詞を決めたつもりでいたが、直後、江藤は再凍結した路面で転倒した。



- 7 -


 一方、藤居たちの大型トラック数台は、当初の予定時刻よりも遅く、しかしながら後に報告した予定時刻よりも早く猿之門基地に到着しようとしていた。ここまで来るともう民間の車はたいした数ではない。徐行運転には変わりなかったが、先刻よりはスムーズにトラックは走っていた。

 先頭のトラックの運転席で、藤居は安堵の溜め息をついた。

「結局、二時間の遅れってとこかな? 別の道を知っている奴がいて助かったよ」

「あの道なら、猿之門周辺に行く者しか使いませんからね」

「聞いたことがなかったわけじゃないけど、この一見して普通すぎる町のそばに近衛軍の重要基地があるってのは、こうして自分の目で見ても信じ難いな」

 ふと外を見ると、子供が作ったのか道端に雪達磨が立っていた。その作りは端整とは形容しがたかったが、藤居はその崩れた顔を見て思わず顔を和ませた。そして、藤居の頭にある疑問が浮かぶ。

「なあ、今日はこの冬で一番よく雪が積もったと思うんだが、外で遊んでいる子供が一人も見当たらないぞ。ここの民間人が少ないとはいっても、軍属の子供だっているだろうに。最近の子供は雪で遊ばないのか」

「道路の近くは危ないから避けているのでは? 私なんかは北の生まれですから、積雪なんて珍しくないですが」

「ううん、道理だな」

 開発部員の言うことに納得し、藤居はもう少ししたら着くはずの猿之門基地の方向を見やった。と、その目に、前方からぞろぞろと列をなして歩いてくる民間人、それも親子連れがその多数を占めるという謎の一団が映る。

 藤居は一団の側まで車を進めると、完全に一個人としての興味で声をかけた。

「皆さん親子連れで、どうかなさったんですか?」

 藤居が声をかけた母親は、最初は上から声をかけられたことに気づかない様子だったが、窓から首を出していた藤居と目が合うと、慌てて笑顔を作ってみせてから答えた。

「ええ、昨日の夜いきなり少佐さんだか隊長さんだか……、ともかく、大柄な人が来て、朝から大きな雪達磨を作りに来ないかって言われたもんですから」

 妙な話である。藤居は少し、身を乗り出した。

「その少佐は、皆さんのうち一軒一軒に?」

「ええ、はい。そうみたいですよ」

 別の母親が答えた。どうも必要もないのに会話に割り込んできたような感じである。妙に元気があると藤居は感じて、ここでも自分の嫌な長所が発揮されていることに気づかざるを得なかった。藤居に笑顔を送ってくる母親とは反対に、手をつないだ子供はじゅうぶんに遊んだというか、既に遊び疲れた感じで少し眠そうである。

「どこに行かれたのです?」

 藤居は反射的に笑顔を返してしまう自分を意識しつつ、会話を続ける。

「この先の基地に入ってきましたよ。連邦ができてから急に大きくなった基地だけど、私たちも中に入ったのは初めて。確か、第一やら第二の格納庫とか矢印があったですね」

 やけに詳細に語って聞かせたがる。やはりまずいなと藤居が思ったとき、意外な救いが現れた。

「お母さん、このお兄ちゃんは軍人なんだから、そんなの全部知ってるよ。それよりはやく帰ろうよ。おなか空いちゃった」

 助け舟を出した自覚のない、したり顔の子供の返答に、藤居は何だか猿之門基地に急がねばならない気がしてきた。懇切丁寧に礼を述べて、会話を打ち切った。

 道が狭い、というより車が大きすぎるので、藤居は一行が過ぎるまで発車を待った。その間、助手席の開発部員がからかうように言った。

「准尉って、マダムキラーなんですね」

 咄嗟(とっさ)に返す言葉が出ずに、藤居は助手席の開発部員をしばらくじっと見ていたが、やがて視線を正面に戻してから言った。

「そいつは禁句だ」

 藤居は少し乱暴にアクセルを踏み込んだ。



- 8 -


 雪上操縦訓練が始まって二時間。第二大格納庫では、北嶋の指示の下、南田たち前半組が再び龍に乗り込もうとしていた。

「防人の輸送隊はまだ着かないのか」

 一時間前に手足をつりかけた南田は、せめてもの抵抗のために愚痴る。

「もう少しかかるって話ですよ」

 他人事だと思って笑っているのか、矢俣が笑っている。

「ちっ、まったく……」

 しぶしぶ龍のコクピットハッチに登っていく南田。ハッチに手をかけたところで、偶然、隣の機に乗り込む坂元と目が合った。

「なあ竜時、少佐がいなくなってないか?」

「そうか? そういえば、いないな。北嶋大尉、江藤少佐はどこに行ったんです?」

 ふりむいて尋ねてみたが、北嶋の姿がない。

「矢俣、大尉はどこだ?」

「え、知りませんけど。トイレでも行ったんじゃないですか?」

 矢俣はまだ何かおかしいらしく、顔が笑っている。

「二人とも姿を消すなんて、不気味だな」

 坂元と肩をすくめあって、南田はコクピットに入った。

「さぁて、次は何をやらせようってんだ?」

 セッティングを終えた南田がコクピットで独白したとき、前面のモニターにスコアらしきものが表示された。

「何だ? 経過報告……。へえ、俺って今のところ一位じゃん。ハハ、峰國は五個を蹴り飛ばして三個を踏み潰したのか」

 南田が優越感に浸っていると、突然モニターの表示が変わり、江藤の顔が六十センチ大に拡大表示された。

「わっ」

 南田が驚くのも無理はなく、実は、このとき他の三人も同じようにのけぞっていた。正面モニターは江藤の顔だけに覆いつくされ、鼻息まで聞こえてきそうだった。しかし、江藤はなかなか第一声を発しない。

 すぐに気づいたが、それは録画映像だった。この無言の時間は、ちゃんと録画が作動しているか確認していた時間なのだろう。そう南田が察していると、モニターに寄せすぎてますます暑苦しい顔が喋りはじめた。

「さぁて諸君。雪達磨を踏み潰したりはしていないだろうな。ダルマというのはもともと禅宗を……と、まぁそれは置いといて、諸君もそろそろ高度な訓練を受けたくなってきただろうから中級編に移行する。ま、防人が着くまでの余興だ」

 ビデオの中の江藤は、やはり無駄に話を脱線させつつ、数分後にやっと説明を終えた。

 龍のコクピットの四人は、ビデオを見終わって安堵した。説明されたのが、江藤にしてはずいぶんとひねりのない、ごく当たり前の訓練だったからである。

「チャンバラかぁ。おもしろそうだな」

「そう気楽でもないんじゃないか坂元? 下手に龍を壊したらあとで搾られるぜ」

「だだっ広い演習場でやるんだからまだましさ。障害物は雪達磨くらいだ」

「乗俑機で作ったのがあるから、ずいぶんでかいけどな」

「よし、俺はお先に出させてもらう。整備班、足元どいてくれ」

 初の実機での模擬戦に興奮する四人の会話を、ひとり静かに傍受している者がいた。暗く、狭い閉鎖空間の中で。

「ふっふっふ」

 大根役者よりもわざとらしく、江藤博照は笑った。



- 9 -


 雪の上で、四機の龍が二機ずつに別れて対峙していた。一方は南田と朝井のBLUEチーム、他方は坂元と久留のREDチームである。

 龍は全機、金属製の棒を手にしている。棒といっても、このような模擬戦や暴徒鎮圧のときに使うべく開発されたもので、正式名を二一式乗俑機用汎用棒という。元は龍よりもふたまわり以上小さい乙種の乗俑機用にあつらえられたのだが、その機種には取り回しに不便なほどの長さがある。正式な名前が硬いので、通称はストック。無論、スキーのストックからとったものだ。

 このストックで二対二のチャンバラをやり、最後まで勝ち残った龍のチームが勝ち。基本ルールはそれだけで、あとは機体の損傷を避けるための出力制限など。しかし言われなくとも、雪上で時速三百キロまで出そうという輩はいない。

 二百メートル離れて対面する龍の間には、高さ数メートル規模の雪達磨が何体も並んでいた。雪達磨を作っていたのは黒龍隊だけではなく、猿之門で他に唯一乗俑機を保有する工兵隊が、訓練のためにやったらしい。

 演習場の四方には、その工兵隊の乗俑機が一機ずつ配置されていた。龍の股くらいまでの高さしかなく、コクピットも風防に覆われているだけの機体だが、最近の型なのでアクチュエータは龍と近いものを使っている。審判と危険防止の役目で立ち会うにはじゅうぶんな性能をもつ。

 工兵隊がこの余興に全面的に協力してくれる理由は判然としないが、操縦技術の研究の可能性も考えられた。一般の乗俑機よりはるかに難しい訓練を受けた機兵乗りとしては、何としても工兵隊にいい恰好を見せねばならない。南田はそう思っていた。

「模擬戦、開始!」

 主審となった乗俑機からの合図で、四機は一斉に動き出した。

 最初に動いたのは南田の龍であった。先ほどのスコア順で一位だったので調子に乗っている。機先を制そうと、ストックを中段に構えて突進する。相手に飛び道具がないからこそできることだ。事前の打ち合わせをしなかったので、僚機の朝井は出遅れた。

「でおりゃぁぁぁ!」

 機兵にとっては決して広くはない場所なので、南田はすぐに突っ込んできた坂元機と接触することになった。適度に減速しつつ、タイミングを計って殴りかかる。

「それくらいは!」

 坂元はストックを縦に払って受けると、撥(は)ね返して後ろに退いた。そして南田の第二撃が来る前に、速やかに右に平行移動。ちょうどあった雪達磨が、二機の間の壁になった。

 雪達磨に阻まれて、南田は踏み込みそこなった。そのとき右前方から敵方の久留が、右後方から味方の朝井が接近してきたため、いったん退いて朝井機と肩を並べる。

「朝井、ストックで雪達磨ふっ飛ばしたら反則だっけ?」

「さあ?」

 その件について審判に質問をしている暇はなかった。坂元の龍が、早くも反撃に出てきたのだ。

 南田は再び前に立ち、坂元と数合やりあった。お互いに相手のストックを払い落とそうと、隙あらば手元を狙いあうが、どちらも防がれてしまう。それもそのはず、ストックの描く軌道がプログラムの初期設定に則っているため、どちらの攻撃も完全に相手のコンピュータに読まれてしまうのだ。適宜マニュアルやセミオート操作に切り替えて意外な一撃を加えるか、相手の体勢を崩して隙を作らせるかしなければならない。しかしなかなかそんな余裕はなく、二人はひたすら打ち合った。

 一方、朝井と久留は互いに睨みあっていた。朝井は坂元の、久留は南田の隙をうかがっているのである。そして、味方が隙を作ってしまったときのフォローのために。

「これでは埒(らち)が明かない」

 南田は制動用のロケットモーターも併用して急速離脱した。坂元もさすがに疲れたのか、同時に退く。代わって久留が前に漸進して来る。

「朝井、バトンタッチだ。しばらく時間稼ぎを頼む」

「はあ?」

 間の抜けた朝井の返事を聞き流し、南田は密かに背部メインロケットを始動させた。このメインロケットは新開発の蓄力機関であり、あらかじめアイドリング時間を取れれば爆発的な推進力を得られる。南田の龍の排熱状況から彼の意図を理解した朝井は、練習にストックを空振りしながらゆっくりと久留の前に出た。

 にじり寄る二機の龍。ただの選手交代かと、見物人から野次が飛ぶ。しかしそんな声は南田たちには聞こえていなかったし、南田の策もただの選手交代ではなかった。

 朝井と久留が打ち合いも、やはり互角だった。まだプログラムにカスタマイズが入っていないので当然のことだ。

 開始から三十秒ほど。業を煮やした坂元機が、割り込む気配を見せはじめた。南田より自分のほうが機敏に動けるという自身があるのだろう。折も折、久留がリミッターを外してふるった強打が、朝井機のストックを腕ごと撥ね退けた。それを見るが早いか、坂元が朝井機の懐に向けて突進をかける。しかしそれより一瞬だけ早く、朝井機の背後で爆音が轟いた。南田の龍が満を持して宙に跳び上がったのだ。

 坂元と久留の反応は別れた。坂元は反射的に南田のほうに警戒心が働き、頭上を跳び越える龍をカメラで追いつつ背中をとられないようにした。他方で久留は、南田を無視して朝井機のコクピットめがけてストックを突き出した。

「BLUE2、撃破!」

 審判機から朝井機の撃破判定が出た。久留はバランスを失った朝井機が倒れこむのを見届けることなく、転進。坂元とともに南田機を挟撃しようとしたが、彼の当ては外れた。

 ふりかえった久留が見たものは、雪達磨の上に仰向けに倒れ、腹にストックを衝き立てられた龍だった。

「RED1、撃破!」

 再び審判の声。久留は操縦桿から手を離して目を覆いたくなった。

「悪い、つまずいちまった」

 南田に後ろを取らせまいとしたところ、南田機が追加噴射で滞空したので後ろ歩きが長くなり、雪達磨につっかかってこけたのである。坂元はそんな弁明をした。

「結局、戦力バランスに変化なしか」

 久留と南田は、同時にストックを構えなおした。


*   *   *   *   *


 その頃、輸送隊受け入れを任されていた矢俣の班は、模擬戦を見物できずにいた。いつまでたっても来ない輸送隊に矢俣はやきもきしているだろう、と見物に行った面々は笑っていたが、笑っていたのは彼らだけではない。

「俺、ほんと運がいいよなあ!」

 実はもう、輸送隊は着いていた。さきほど龍と見物組が出て行ったとき、すでに猿之門基地のゲート付近で待機してもらっていたのである。北嶋が姿を消していたのは、ゲートまで出向いていたからだった。竜時たちがいなくなったのを見計らって矢俣が合図し、輸送隊は人知れず格納庫に入ってきたというわけだ。

 そして今矢俣が幸福なのは、運び込まれた防人型の真新しい肩パーツを前にしているからである。何しろ黒龍隊で初めてこの防人型に触れられたのだから、喜びもひとしおというものだ。そしてもちろん「黒龍隊で初めて」ということは「北嶋より早く」である。矢俣は笑いが収まらなかった。

「矢俣くん、笑ってないで早く取り付けを済ませてくれ」

 北嶋は、はしゃぐ矢俣に釘を刺した。

「あ、すんません」

 と頭を下げて作業に戻る矢俣の姿を確認すると、北嶋は正面に顔を戻した。

「すまないな藤居くん、やっと着いたところで変なことを頼み込んで」

「いえいえ、とんでもない。いい挨拶になりますよ、これは」

 組み上げのほぼ終了した龍防人型を見上げて、藤居祐輝は微笑んだ。



- 10 -


 一対一になってから、試合は白熱していた。南田も久留もなりふり構わなくなってきて、ともすれば機体を損傷しそうなくらい激しく龍を操っている。演習場の見物人も、明らかに増えていた。

 打ち合いも、最初の単調なものではなくなっていた。セミオート操作による打撃箇所の微調整が交じるようになり、フェイントや受け流しといった技術も披露しはじめていた。そうした高度な戦技が繰り出されるたび、見物人から歓声が上がる。

 しかし南田は疲れを感じはじめてもいた。まだ動きに出るほどではないが、遅からずそうなる。今は互角の戦いをしているが、久留の持久力のほうが勝っていれば、マニュアル入力が追いつかなくなってフェイントをかけるどころではなくなる。南田はそろそろ決着をつけるべきだと考えた。

「やっぱり地形を利用しないとな」

 久留がうまい連続打撃を繰り出したのを機に、南田はそれを受け流しつつも、押されるふりをして巧みに後退をはじめた。その先に特大の雪達磨があることを、南田は確認済みだった。坂元のように雪達磨にぶつけさせる魂胆である。

「南田曹長、今日は俺が取らせてもらうぜ」

 久留は雪達磨に気づいていないのか、それともそこまで行く前に止めをさすつもりなのか、とにかく南田の後退にあわせて前進する。

 南田は背後の雪達磨に程よく近づいたところで、メインロケットを噴射して左後方にジャンプした。ちょうど渾身の一撃を繰り出そうとしていた久留は、南田の思惑通り勢い余って雪達磨に突っ込んだ。

「焦りすぎたな、久留」

 久留の龍は、無様に頭と右腕を雪の中に埋めている。南田は、背中の下のほう、ちょうどコクピットの後ろ側にストックの先端を突きつけ、寸止めした。

「RED2、撃破! この勝負、BLUEチームの勝ち!」

 審判機から最後の判定が出た。

「なかなか楽しかったぜ。江藤少佐の遊び心もたまにはいいもんだ」

 久留にねぎらいをかける余裕を見せる南田だが、実は体のほうはもうくたくたで、もうちょっと長引いていたら負けていたなと自覚するにじゅうぶんだった。南田が操縦をオートに任せて操縦桿から手足を放し、手首足首のストレッチをしていると、久留が素っ頓狂な声をあげた。

「おい、これ何だよ」

「何だって言われても……。雪達磨だ」

 他に答えようの思いつかなかった南田は、肩をすくめるしかなかった。それとも久留は、雪達磨を意図的に使ったのは卑怯だと主張しているのだろうか。

「熱反応がある。それに、相対バルムンク反応、レベルB!」

「何だって!?」

 南田は龍を向きなおさせると、全センサーをオンにして雪達磨を見た。たしかに、センサーに久留の言ったとおりの反応がある。

 相対バルムンク反応が出るのもおかしいが、雪達磨に熱反応というのは幼児でもおかしいとわかる。

「どういう雪達磨だよ!?」

 南田が操縦桿を握りなおすと同時に、久留の龍が頭を雪達磨から引っこ抜いた。すると、雪達磨の頭の上半分がずるっと滑り落ち、その中から熱反応の主が姿をあらわした。

「龍!? でも、全機ここにあるのに……」

 現れた胸像は明らかに龍だった。南田と久留の龍がたじろいで数歩下がる。

「上半身だけのハリボテじゃないのか」

 演習場の端から見ていた坂元がそんなことを言ってきたが、目の前で見ている二人にとって、ハリボテか本物かは瞭然としていた。本物に間違いない。

 それを見物人全員にも証明するかのように、雪達磨の中の龍はすっくと立ち上がった。龍を覆っていた雪がぼろぼろと崩れる。

 辺りがどよめきに覆われた。

 その姿は一般の龍とも、黒龍隊が資料で見た防人型とも異なっていた。肩の先に何やら装備されているが、カバーがかかっていて何かはわからない。

「ぬははは、竜時、久留、なかなかいい手合わせだったぞ。褒めてやる。しかし、俺の姿が見えんのは気にならんかったか?」

 外部にまで大音量で出力しながら、江藤は言った。

「少佐、その機体は……」

「俺が外廓聯で使っていた愛機、江藤カスタムだ。さて、撃破扱いのやつも全員起きろ。今から俺と勝負だ!」

「ええっ!?」

 南田は狼狽した。見れば、たしかに江藤機もストックを持っていた。いったいどんな姿勢で雪達磨の中に収めていたのか、苦労がしのばれる。

「隙ありだぞ、竜時!」

 江藤は無防備な南田機の懐に跳び込むと、コクピットハッチにストックの先端を突き付けた。ストックはハッチに触れる寸前で止まったが、ストックの先端が開いて赤い塗料を吐き出した。江藤は自分用のストックにだけ、模擬戦用の追加装備を施していたのだ。

「BLUE1、撃墜!」

 コールサインを付け直す暇がなかったので、審判機はさっきのコールサインを再び使った。

「いきなりひどいじゃないですか少佐!」

「戦術戦闘に、よーいドンの合図などはないぞ。油断しているほうが悪いのだ。罰として腕立て百!」

 部下に罰を宣告しつつも、江藤は背後から迫っていた久留の攻撃をかわし、その腕をつかんで引っ張った。久留の龍は再び雪の中に突っ伏し、江藤機はまた赤い塗料を噴射した。

「RED2、撃破」

「お前は屈伸、百だ!」

 間近にいた二機を、江藤は一瞬で屠(ほふ)った。卑怯なフライングをしてはいるが、それがなくてもさして所要時間は変わらなかっただろう。江藤機の鮮やかな動きを目にした見物人と坂元、朝井には、それがよくわかった。

「畜生! 坂元、朝井、二人で何とか少佐を負かせよ!」

 南田から激励を受けた二人は、嫌々ながらに歩み出た。観衆の目もある。しり込みするのは彼らの若きプライドが許さなかった。一方、江藤機は演習場の中央で挑発ポーズまでやってみせていた。

「左右から挟みこむぞ」

「じゃあ、俺が右な」

 坂元は朝井と同時に龍を走らせた。Vの字を描くように駆けていき、二機を結ぶ線分の中点が江藤機になるようにして止まる。それから、二機は同時に江藤機に向かって踊りかかった。

「ふん、ちょこざいな」

 坂元と朝井の戦術は、江藤にとってはあまりにもありふれたものだった。先に跳びかかってきた坂元の打撃をしゃがんで回避し、江藤機の上に乗っかってきた龍を、勢いそのままに転がして見せた。その妙技に、驚きの喚声が上がった。

 江藤は転がった坂元機に塗料を吹き付けるのは後にして、朝井機に向かった。タイムラグをつけて背中から襲うつもりだっただろう朝井は、放り出された坂元機に行く手を阻まれただけでなく、思いもかけない技を見て動きを止めてしまった。そして、朝井は装甲越しに塗料が吹き付けられた音を聞く。

「BLUE2、撃破」

 その審判の声も、今の身のこなしに驚嘆したせいか、かすれていた。

「朝井はスクワット百だぞ。――さて、と」

 踵を返した江藤は、坂元が早くも起き上がって、距離を取り直しているのを見てほくそ笑んだ。

「そうそう、そう来なくてはな。しかし、ひとりで何ができるかな?」

「望むところですよ。――って、え、何だ? あ、そういうことか」

 江藤の威圧にしっかり言い返してみせた坂元だったが、それから妙な呟きが続いて聞こえた。

「なんだ、どうかしたか?」

「何でもありません。行きますよ少佐!」

「おう!」

 江藤と坂元は距離を詰め、そして数回にわたって打ち合った。

「雪達磨につまずいた割には、やるではないか坂元よ」

「余計なお世話です!」

「ほほう。随分とぞんざいな口を利くようになってきたな。結構結構! だが、腕はまだまだだな! 背筋百だっ!」

 坂元のスティックが空中に撥ね上げられた。例のごとく塗料をコクピットハッチに噴きつけようとした江藤だったが、警告音とともにモニターに表示された警告メッセージに、彼の動きは止まった。

「後方より接近!? 何者だ!?」

 瞬時に向き直った江藤の前には、しかし、すでにストックが突きつけられていた。

「江藤少佐……、撃墜です」

 審判の唖然とした声を聞きながら、江藤もまた、ぽかんと口を開けていた。

 江藤の目の前には、龍が立っていた。それも、実際に見るのは初めてのタイプが。

「お久しぶりです、江藤少佐」

 江藤のもとに音声と、それにやや遅れて映像が届いた。目の前の龍からの通信だ。ヘルメットをかぶっていても、その赤ら顔はすぐに判別できる。

「お前!」

 とりあえずそれだけ、江藤は声に出せた。

「藤居祐輝准尉、遅れ馳せながら、お招きにより参上しました」